みそぎ浜に吹く風

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児童をめぐる安全②灯台

  沈黙の春。日本中から生気が失われている。病院の面会が禁止になり、函館の観光地は外国人も日本人もまばらである。「あ、ここにもない。」私は結局マスクを購入できずにコロナ騒動以降、マスクをつけたことがない。

 そんな中、児童をめぐる安全の在り方について改めて注目してみた。家庭の貧困や虐待などにより家を飛び出す少年少女が一定数いる。彼らはその後、どうなるのだろう。行く当てのない彼らは街を彷徨うことになる。そこに親切さを装った大人が声をかけてくる。そうして彼らは犯罪などに巻き込まれていくのだ。

 こども食堂のあり方も、この騒動の中で余儀ない変容を迫られているという新聞記事を読む。

 

 ところで先日、ザ・ノンフィクションというテレビ番組を見た。元少年法務教官と言う人が家出をした少年少女を保護している様子を放映していた。少女は男性からの児童相談所に行くかいという問いに対し、行きたくないと答えていた。

 年に何度か、児童虐待などの事件により関係者が謝罪している映像を見る。責任逃れをしているように見えるのは大人より、むしろ当事者の少年少女なのだろう。

 また、ある時のザ・ノンフィクションでは廣中さんという住職が親では手に負えなくなった少年少女を集めて共同生活をしている様子が放映されていた。廣中氏自身が荒んでいた若い頃の経験があり、子供たちから信頼されている様子が伝わってきた。

 今日も、行く当てもなく街を彷徨う少年少女が安心できる居場所を求めている。世が不況になれば、そういう子どもたちも増加するのだろうか。そんな時、子供たちを適切に導ける灯台のような存在が必要であると思うが私に何ができるだろう。

  同じような問題意識をお持ちの方がいれば、コメントにてメッセージをお寄せください。